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June 20, 2005

原爆60年 米テネシー州で記念行事 日本人との間に溝

 アメリカは、自分達が正しいとしか考えない。

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 レセプション会場では、日本の報道陣を意識したかのように、1人の女性が立ち上がり、「亡くなった父は原爆の開発をしたことに誇りを持っていました。罪の意識や後悔は感じていませんでした」と発言。大きな拍手を浴びた。この町の人々は、日本人が繰り返し、原爆の罪を主張し続けることに大きないらだちを感じ続けているという。
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 中国、韓国、北朝鮮からだけではなく、アメリカからも日本は嫌われている、と思わざるを得ない。
 いや、日本が好きとか嫌いとか、そういうことを主張しているのではないのかもしれない。自分達が常に正義であるという理念こそが彼らの拠って立つ所であり、間違いや反省など存在しないのだ。被害者や被害国のことを考えるか否かではなく、被害者や被害国など彼らから見たら存在しえない。彼らから見れば相手は単なる犯罪者であり、自業自得であり、自分達は正義の鉄槌を振り下ろすヒーローだ。
 ヒーローとしての力はアメリカにのみ利益をもたらされるべきで、客観的な価値観など意味は無い。地球の裏側でアメリカの利益に関係ない虐殺が起きても彼らには関係なく、「かわいそう」とも思わないだろう。「力」は自分達の利益のために。そして振るわれた力の結果、生じた被害者に対しては「ざまぁみろ」と唾を吐くのだ。
 全てのアメリカ人がそうだとは言わない。だがアメリカという国家はそういう国だとつくづく思った記事だった。

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Comments

アメリカってさ、広いからね。そしてピンからキリまで果てしないからね。何年も住んで、分かったような気になっても、それでアメリカが語れるってわけじゃないんだよね。ただ、その半面、やはり広く共通する考え方みたいなものがあるような気もする。でもそれもやはり地域性や報道に惑わされているだけなのかも。考えれば考えるほど分かんなくなる話。

Posted by: gocito | June 20, 2005 at 03:01 PM

 報道にはしょっちゅう惑わされまくりのワタシですが、スミソニアン博物館の話といい、原爆周りの話はどうも正義を振りかざす感を感じています。
 地域性か…アメリカは広いからな~。

Posted by: 竜馬 | June 21, 2005 at 08:23 AM

「正義を行えば、世界の半分を怒らせる」じゃないけど、正義なんてのは相対的な概念ですからねぇ。

「ファシズムを排除すること」も「共産主義の侵入を防ぐ」のも「大量破壊兵器を持つ政権を滅ぼす」のも「欧米列強を排除し、大東亜共栄圏を築く」のも「劣等民族を排除し、優等民族による国家を築く」のも「帝国主義を打破し、社会主義を打ち立てる」のも、これみんな正義の名の下に行われたことなんだよね。

個人的には「正義」=「自らの行為の正当化」と思うことにしております。

Posted by: KOH | June 21, 2005 at 02:09 PM

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