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November 16, 2005

龍馬暗殺

 1867年のこと。11月16日。坂本龍馬の魂は既にこの世に無く、その抜け殻となった彼の骸は既に冷たくなっていた。
 前日、彼の誕生日でもあった15日夜半に何者かに襲われ、中岡慎太郎と共に切られた。33歳。人生の一つの仕事を終え、まさに今から自分の好きな事をせんとする道半ばのことであった。無念であったに違いない。
 恐らく、16日の京都での薩長両藩の下手人探索は大掛かりなものであったろう。しかしそれが、本気だったのかポーズだったのか、今となっては誰もわからない。
 もちろん犯人が幕府側の人間であった可能性は捨てきれない。司馬説である見廻り組佐々木が犯人であったかもしれない。それとも、龍馬暗殺の下手人として刑死した近藤勇であったかもしれない。しかし大政奉還劇で一番困ったのは誰だったか。薩摩の西郷、或いは大久保あたりが刺客を向けたとしても、或いは龍馬の居場所を故意に漏らしていたとしても、全く不思議ではないと考えたり。

 しかしもはや138年前の話…。

 ちなみに昨日は私の結婚記念日でもありやした。

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「歴史」カテゴリの記事

Comments

 はじめまして!トラバ有難うございます。私見としまして私も仰られた「薩摩藩」は怪しいと思いますね。「武力制圧派」にとっては龍馬の行動が一番厄介だったでしょう。

 ただ「西郷」は心情的に「白」に近く裏付けるものが多々ありますよね(お竜との仲人やふんどしの話などなど)

 これが「大久保」は性格的にも心情的にも接点や共感する部分が少なく「陰謀派」として馳せていた部分も強く「黒」に近いとは思いますね。なので私は「薩摩藩大久保利通」が怪しいと思う。後は「岩倉具視」ですか・・いずれも謎ですねぇ

Posted by: 丈馬 | November 16, 2005 at 03:40 PM

 丈馬さんこんばんは。
 龍馬暗殺の下手人探し。薩摩説意外にも多々ありそうですが、私は西郷説も捨てたもんじゃないと考えます。
 西郷はしたたかな政治家な上、薩摩藩同士の周囲に騒がれたら「ヨキニハカラエ」的な性格も持ってそうです。彼が本当に周囲に流されるタイプでないのならば西南戦争は起きなかったのではないか…。
 もちろん、西郷より怪しい人物は多々います。名も知れない人が暴走しただけかもしれません。そりゃもう、西郷説の順位なんて低いとは思います。けれども、シロか、と言われるとやっぱり純白かなぁ…?と考えてしまう訳です。
 考えて答えが出るものでもなさそうですが、考えるのは実に楽しいものですねぇ。

Posted by: 竜馬 | November 16, 2005 at 09:00 PM

TBありがとうございました!
龍馬暗殺の下手人説では薩摩説って結構イイ線いってるみたいですよね。暗殺の「動機」を考えてみると、どうしても倒幕で血を流したくてしょうがなかった困った人たちですから。。。
かっては盟友として薩長同盟をやってのけた仲だったのにな〜と思うと悲しくなります。
真相はどうなんでしょうかね。。。

私はいつか自分がこの世を去る時期が来たら、それはそれで実や楽しみにしていたりします。時空を越えて過去の歴史や人物を見に行けるのではないかと本気で信じているからです(笑)

Posted by: tyomo | November 16, 2005 at 11:19 PM

TBありがとうございました!
この謎は、ひょっとしたらあと百年たっても解明されていないかもしれませんね。。

Posted by: イチ | November 17, 2005 at 02:55 AM

TBありがとうございます。
龍馬暗殺、、、。永遠の謎、迷宮入りですね。
一年に一度はこの事件に関する特集がNHKなどで放送されてますね。自分は定番の見廻組説だと思ってはいるのですが、、、。
しかし、もし下手人が判明したら、その親族、ご子孫の方はさむいでしょうね。(笑)
新しい史料の発見、これからも出てくるでしょうか、、、。

Posted by: 幕末史跡探偵事務所 | November 17, 2005 at 04:58 AM

>tyomoさん

 薩摩は信用できませんぜ。だって会津を裏切って倒幕側についたのは…。薩長同盟の際、長州藩側が薩摩をよく信用したもんだと思います。龍馬の手腕と、長州藩の逼迫がよほど深刻だった裏返しだと思います。ま。そんな事を言いながら私の血の1/4は鹿児島だったり(^_^;)。

>イチさん

 自分が生きているうちに知りたい謎でもあり、知ってしまうにはもったいないようでもあり…という気がします。

>幕末史跡探偵事務所さん

 信頼できる誰かの手記が発見されたら…なんて事にならないですかねぇ。
 下手人の子孫の人、ビックリですね。坂本龍馬のファンだったりするとガックリきちゃいますね(^_^;)。

Posted by: 竜馬 | November 17, 2005 at 09:00 AM

黒龍の柩の北方謙三は薩摩の西郷説ですね
もっともあの本では西郷がかなり悪く描かれてますけど。

Posted by: kiichi | November 19, 2005 at 10:52 PM

下手人は見回り組の今井信郎説が一番有力ではないんでしょうか。彼の告白が面白く脚色されて報道された。その記事は駆けつけて現場を知悉していた谷干城にそのでたらめな部分を指摘されて、闇に葬られた。今や証明は不可能です。唯一、「旧幕新撰組の結城無二三」中央公論新報版にその経緯が書かれています。今井は直心影流の小太刀の達人で、おそらく近江屋の狭い部屋で一瞬のうちに切り込んだ事が予測されます。この小太刀の稽古は太い木刀を使い、そのパワーは示現流級です。背後には西郷が見え隠れしています。今井が戊申戦争で逮捕された後釈放させたのは西郷だからです。西郷は薩摩屋敷焼き討ち事件など維新テロルの黒幕です。

Posted by: 歴史探偵 | March 01, 2006 at 05:31 PM

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今日はアタシの格別大好きな幕末の志士、坂本龍馬の誕生日であり命日でもある日。 幕末当時、イギリスとの阿片戦争でボロボロになった清国を見て、彼が日本国を将来を憂え命をかけて目指したもの― 日本が欧米諸国と対等に渡り合っていけるように力をつける富国強兵と近代化。 彼は未来を見越して、薩長同盟と大政奉還の立役者を見事にやってのけた。 その志半ばにして残念ながら暗殺されてしまった訳だが、もし彼が生きていたら戊辰戦争は起こらなかったんじゃないかと思う。(彼は内乱によって日本人同士で血を流し... [Read More]

Tracked on November 16, 2005 at 11:21 PM

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