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January 13, 2006

伯母が亡くなった

 一昨日、伯母が亡くなった。遠方であり日程的に葬式に出るのが厳しいため、電報を打つのみとなった。
 伯母に会うのは年に2度、盆、正月程度だった。しかしこれは子供の頃。やがて年に1度、2年に1度となり、会う機会は稀になっていった。最後に会ったのは祖母の葬式の際ということになってしまった。

 亡くなった伯母の子供(私の従兄弟)に知恵遅れの子がいる。子、と言っても私の1歳年下でしかない。しかしもう、20年近く会っておらず、そのため私には子供の頃の記憶しかない。その頃に聞いた話によると、その子が赤ちゃんの頃、高熱を発し、障害を受けてしまったとの事だった。
 彼に最後に会ったのは中学生の頃であったろうか。大柄で、インスタントラーメンが大好きで、そればかり食べていた姿を思い出す。体が大きいため無意識的な行動を皆止めにくく、正直に言ってしまえば苦労していた。
 今にして思えば、14、5歳になっていた彼の発する「うー」とか「あー」とかの発音の仕方、そして指しゃぶりなどの行動様式は1歳頃の遼太郎そっくりであった。逆に言えば、1歳になった遼太郎の行動を見て初めて、彼がその頃病気に見舞われたという事を悟る事になった。彼のある意味での「時」は、そのまま止まってしまっていた。恐らく今も、であろうと思う。

 中学の頃以降、彼には会っていない。伯母も、私の親も、また親戚の誰もが話題には出さなかった。彼は三兄弟の内の一人で、二人は健常者である。その従兄弟兄弟には会っていたが、やはり話題には上らない。施設に入っている、という話を聞いたような記憶があるが、それも既に20年前の話である。当時から特にタブーというほどの大袈裟な感じはしなかったが、わざわざ話題に出す事を憚られる微妙な雰囲気ではあった。

 伯母は、苦労したに違いない。大変だったに違いない。その従兄弟の奇異な(自然な)行動を取った際に押さえつけるのは一苦労であった事を思い出す。それが毎日続き、そして家族の中で誰よりも接する時間が長かったはずだ。その苦労苦痛は物理的、肉体的要素に留まらなかったであろうことは想像に難くない。
 私が結婚する際、そして子を儲ける際には何とも言えない不安感があった。そういう事態に陥ることになれば、果たして自分はどういう行動を取るであろうか?現実を直視できるであろうか?と恐怖にも似た疑問を感じないわけにはいかなかった。それは今に至って消えようはずもない。だからと言って何をしようもないのだが。

 伯母の苦労は、終わった。ただ、実質的に伯母がどう考えていたか、私にはわからない。ひょっとしたら違う考えを持っていたかもしれない。伯母には伯母の思考があった訳で。苦労したろう、というのは苦労していない私の想像でしかない。まぁでも、その想像は大きく外れているとは思えないのだけれど。

 今はとにかく、ひとこと。
 伯母さん。お疲れ様でした。

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