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February 18, 2006

殉死

 司馬遼太郎の短編。乃木希典の物語。乃木が明治帝に殉じるまでの歴史がとうとうと物語られている。

 司馬遼太郎は、乃木があまり好きではないらしい。軍神と言われたかの男を無能と断じている。無能とは軍事的無能の事を言うのであって、彼個人の才能がその他の領域に全く無い、魅力の無い男とは書いてはいない。この点描き方がやや微妙ではある。
 殉死に描かれている乃木も、坂の上の雲に描かれている乃木も、戦争に対する才能など皆無であるかのように描かれていた。彼の軍事的無能が二0三高地で一体どれほどの人間を死に至らしめたか。また、大本営を含め他の意見を全く聞こうとしない頑迷さが更にどれほどの人間を死に追いやり、時間を浪費したか。
 対照的に、児玉源太郎の状況打破は爽快に描かれている。彼が数日、指示を与えただけで旅順は落ちることとなった。更に大きいのは、児玉は既に大丈夫と見て旅順陥落の際には北方の戦線に立ち去っていた。戦争という事柄に対して、児玉は乃木とは対照的な天才として描かれていた。
 これは別に、脚色ではないのだろう。史実であれば、当然そのように描くしかない。ただ、見方によっては乃木を保護する書き方も出来ようものだが司馬はそう描いていない。司馬遼太郎は、戦車に乗っていた人だ。上官の指示に従い、死ねと言われれば死ぬしかなかった時代を生きている。無能な将軍が、部下を無為に殺す行為を現代の我々が知識で知っている以上に否定したかったのかもしれない。
 乃木は日露戦争で多くの人間を死に追いやった結果、栄達した。周囲がそれを妬んだのかどうかは、わからない。司馬遼太郎はその点をあまり悪く描いていない。乃木自身、それを喜んだとはしていない。乃木は過去の軍事上の失敗をいつまでも悔い、自己を栄華とは縁の無いところまで律し、国と明治帝に身を捧げた。その乃木の身上こそがいわゆる「軍神」たる所以であったろう。しかしそれは戦争に勝てない精神的軍神であり、その後の日本を象徴している様に思えてしまった。

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