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November 21, 2008

<死刑執行>一時停止など求める決議案、国連委で採択

 疑問。

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 国連総会第3委員会(人道問題)は20日、死刑執行の一時停止などを求める決議案を賛成多数で採択した。同種の委員会採択は2年連続で、支持は6カ国増えた。日本は07年に続き反対した。12月の総会で採択され正式な決議になるが、死刑執行停止を求める国際社会の圧力は確実に増加している。
 決議案は欧州連合(EU)やオーストラリア、イスラエルなどが提案し、賛成105(07年99)、反対は日本、米国、中国、イランなど48(同52)、棄権はキューバなど31(同33)だった。決議に強制力はない。
 決議案は、07年に採択した決議を再確認し、潘基文(バンギムン)事務総長が先日、総会に提出した報告で、死刑廃止は世界の流れであるとして執行の一時停止を提案し、停止が難しい場合でも執行に厳しい規制をかけるよう推奨したことを歓迎。2年後の総会で、その時点での死刑廃止状況と死刑を存続させている国への働きかけ方について、改めて話し合うよう求めている。
 委員会の協議で、死刑維持派のシンガポールやエジプト、スーダン、シリアなどは「司法制度の選択は主権国の権利であり、外部から押しつけるべきでない」と主張。一方、イタリアやフランスなどは、「人命尊重の観点から、死刑執行を停止すべきだ」と説明した。日本は決議採択後、「わが国の世論調査では、死刑が支持されている。死刑については国際的合意もない」と反対理由を説明した。
 国連の報告によると、7月1日現在、死刑を廃止もしくは事実上廃止している国・地域は141に上っている。国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」によると、89年に100カ国だった死刑執行国は、07年には24カ国にまで減少した。国連の規約人権委員会は10月30日、死刑廃止へ向けた取り組みを日本政府に求める勧告を盛り込んだ「最終見解」を公表している。
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 前々からちょっと不思議に思っている。死刑がなぜいけないのだろうか?
 「人殺しには、死刑を」と単純には思わないものの、その刑罰そのものがNGであるというのが理解できない。

 殺人にも色々あるだろう。殺さなければ殺されていた、など、情状酌量的な話は、ここでは置く。
 他人を面白がって殺すケース、または通り魔殺人、誘拐殺人などの犯人を生かしておく理由がわからない。このようなケースの殺人犯を殺すな、と言っている訳で、その精神性が理解できない。

 また、その発言をする人は、一個人として、その強制力(死刑制度)を持たない法治に不安を覚えないのだろうか?と疑問に思う。死刑制度廃止を訴えた本人、またはその妻、親、子供を面白がって殺しても、その犯人はお蔭様で死刑にならず、刑務所の中で飢える事も無く生きていけるのだ。人命尊重の慈悲の心をもって、殺人犯は被害者から助けられる。

 そして何より、その発言をする者達は他国の安全に口を出している訳だが、何の安全を保障する訳でもなく、何の責任も持つでもなく、他人の安全を脅かすことを全く考慮だにせず、自分の考えが正しく、至高であると考えているところがキモチワルイ。これが世界の潮流だという。空恐ろしさを覚える。
 死刑を乱発するな、と言うならわかるのだが。

 「人を殺しても殺されることはない」ということは、究極的には何をやっても最終的には許されるという事だ。罰はうけるのだろう、無期懲役になるのかもしれない。それでも命までは取られない。それは「許された」という事ではないのか。「最終的に許される」制度は機能しないとは言わないが、ナメられそうである。
 死刑制度を無くすというのは、それは大きな大きなタガを外す事だ。その緩みをついて、樽の中から何色とも言えない様な液体がドウと流れ出てくるに違いない。

 ちなみに、同じような発想として無期懲役にも納得できない面がある。
 よく、アメリカの映画やドラマなんかで「懲役800年」とかいう表現を目にする。
 あれ、日本ではなぜ行わないのだろうか。無期懲役は事実上、恩赦などで刑務所から出てくるケースも多いそうだ。それでは無期懲役の意味が無い。であれば、懲役年数の累積も大事な考え方ではないのかな、と思う。

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Comments

他人を「赦してあげている」自分が好きなキリスト教圏な人達と
「因果応報」
「良い事をすれば良い事が返り、悪い事をすれば悪い事が返る」
という観念や文化の差は折り合うことはないと思うのです。
そもそも内政干渉だし、犯罪率の高いよそさまからあれこれ言われたくはないなぁ、と。

Posted by: MOON | November 21, 2008 at 04:25 PM

私も宗教感とかそういうのの違いだと思います!
つか、刑務所の中って規則守ればご飯がでるし
外でホームレスになるより、罪を犯して刑務所に
行きたいという高齢犯罪者もいるっていうし

何よりも命の重みを感じる一番の刑なんだと思うけど。

Posted by: ある | November 21, 2008 at 09:16 PM

 宗教観の違いってのは、まぁその通りなんだと思うんだけど、どうしてこう押し付けがましいんだろうね。自分たちが正しいと思っているだけにタチが悪いというか。まぁ、人のことは言えないんだけど。10人居れば10人の正義がある、というのも事実だろうから。
 死刑が野蛮だ、という考えそのものは理解できるのですよ。しかし残念ながら、死刑という刑罰を設けなければならないほど、それに値する犯罪というのもこの世にはある訳で。その抑止力としての意味は重い訳で。
 死刑を無くせ、という崇高な発言をする方々には、その崇高な目的は理解できるから、じゃあそれに値する犯罪のほうを先に無くしてほしいものです。出来るもんならやってみろ。と言いたい。とんちだよここまで来たら。

Posted by: 竜馬 | November 25, 2008 at 06:05 PM

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