April 25, 2007

夜のピクニック

52  解説に直木賞がどうこうまで盛り上げて書いていたが、正直、これそんなに名作なんだろうか。

 導入当初から「これは大事な思い出作りなんだ」と言葉に出しすぎている。肝心要の「何で大事な思い出になるのか」「歩行際はどういう意味を持つのか」という歩行際の物語そのものについてはアッサリ描きすぎていて、キャラクターに感情移入も出来ない。読んでいてものすごく他人事なのである。
 言ってみれば、キャラクター達と一緒に歩いている気がしない。苦しくもない。「新幹線で走っている車窓から、キャラクター達が歩いているのが見えた」というぐらい遠い距離感であった。
 一人のキャラクターをもっとじっくり追い、心情や事象を追いかけて欲しかった。一度に大勢のキャラクターを出しすぎ、従って話が深くならなかったような感じだった。

 悩み事が話せる、なんてのは温泉旅館で徹夜で飲んでも同じことである。悩み事の内容と解決も、ふーん、という感じであった。距離感のせいだろうか。この大事なイベントの最中でなければならない本当の必然性があったのだろうか。

 雰囲気はよく伝わってくる。だが、それだけだ。これは作者の思い出話(+α)に過ぎないのではないか。感想文を読んでいるような気分に近いかもしれない。
 夜、若者が苦労しながらひたひたと歩きながら、悩み事を解決する。映画(映像)にするにはいい題材だったのではないか、と思う。

 うーん、ファンの人すまん。ネバーランドが面白かっただけに、また本屋大賞を受賞した作品だけに期待感が大きかったのねん。

 読み手の感性がおかしいという批判はもちろんごもっとも…なんだけど…。

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April 24, 2007

ちなみに

 ちなみに、ではあるが。
 5年分のアフタヌーンと、ガンダムエース(創刊号以降)が収納(所謂クローゼット)を占拠中である。
 遠からず…捨てなければならないが…なんかこう、悩ましいのである。

 アフタヌーンもいつのまにか溜まってしまった。あと5年分の場所を確保して10年分溜めれる!と思い一人喜んだが、何か間違っていることに気付く。
 価値があるような、宝物のような気がしているのは自分だけなのである。場所も食うのである。読み返すことがあるかどうかもわからない。

 答えは出ているはずなのだった。

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March 26, 2007

年齢2倍

 恩田陸のネバーランドを読んで、思い出すことがあった。

 4人の主人公のうち、小柄で元気な統という人物がいる。
 統は、おちゃらけたムードメーカーだが、芯があり、将来を既に見据えている。
 雪が降れば子犬のように走り出て雪合戦をし、友達がこぐチャリンコの荷台に立ち上がって乗り、笑いながらバンザイをするような男である。

 彼を見ていると、高校時代の友達を思い出す。その友達は山崎というヤツだった。クラス替えの無い高校二、三年の男子クラス、二年弱を共に過ごした。
 彼はクラスのムードメーカーだった。例えば体育の授業でバスケットの時、ゴールを入れるとサイドライン外に座る20人ほどのクラスメイトが差し出す手を「いえーい」と言いながらばしばしと叩いて行くようなヤツだった(その間に攻め込まれている)。

 おちゃらけて笑いの中心にいた山崎。彼は高校三年の時、卒業を待たず、事故で亡くなった。葬式は平日にあったため行かなかった。特に仲の良かった数名が授業を抜け出していた。校長や学年主任が出席する葬式に、彼らも出たそうだ。それを知り、なぜ自分は行かなかったのかと、そのときは思った。が、まぁその程度の付き合いでしかなかったのかもしれない。でも、忘れることはない。

 今、彼のちょうど2倍の年齢に達した。一人、オジサンに進んでいく気分である。いや、同級生皆がそうなのだが…。

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March 25, 2007

恩田陸 「ネバーランド」

42  学生寮にはあまり縁が無かった。まして高校ともなれば、寮があるような学校は珍しい方だと思う。大学時代も自宅通いだったがたまに学生寮に潜り込んだりしていた。一夜二夜でも楽しいと思わせる寮だった。
 社会人になって、寮生活が始まった。嫌なこともあったが、独身時代を通して一番楽しい時期であったのではないかと振り返ることができる。遠い過去になってしまったが。

 物語は、名門高校の伝統的な寮で展開される。
 冬休みの始まり。寮の中がガランとしてしまうが、美国、寛司、光浩の3人は、各々の家庭の事情で居残ることになった。そこに寮生ではないものの、自宅に一人暮らしの統が参加し、四人での年末年始が開始された。
 彼らはクリスマスの夜、酒を飲みながらカードゲームに興じはじめた。負けた者は「告白」をすることになった。

 自分の母親は俺が殺したのかもしれない…。
 彼女を振った理由は、昔、若い女に誘拐された経験があるからだ…。
 妾腹の自分は、親父の正妻に飼われている…。

 これは読ませる本だった。一気に読んだ。久しぶりにペースが早かったなー。
 名門高校の伝統寮。ゆうれいなんかも出てきて、「ここはグリーンウッド」に触発されたんじゃないかしら、などと思いながら読んでいた。

 出てくる寮生(主人公達)はたった4人。えりすぐりの4人だ。彼らはいろいろ腹に抱えながらも、元気に暮らしている。いい友達も持っている。そして考えながら生き、考えながら他人に接している。私が高校生の時は、この10倍は子供だった。これは物語だからこそのキャラクターなんだろうか。それとも、私や私の周りが子供っぽかっただけなんだろうか。子供っぽい表現が散りばめられていながらも、彼らは大学生か社会人の様に大人びている。それは彼らが発する言葉に無駄がないからかもしれない。

 この本を読んでいると、いろんな事を思い出す。いろんな事を思い出しながら読む本です…。

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January 26, 2007

流星ワゴン

1  事故を起こして死んでしまった親子。彼らは幽霊(?)になり走り続けている。
 そんなワゴンに、死んでもいいと思っている主人公と、ガンで死にかかっているその親父が乗り込むことになった。彼らは後悔する自分の人生の分岐点を振り返る事になる…。

 いえ、もう重たい話でした。
 かたや、子供を乗せての事故、そして息子を死なせてしまった親(自分も死んでますが)。いやー痛い。わが身に起これば…と想像するに、もう体に何かか突き刺さる感じ。
 こなた、地方(実家)に居る親父とは喧嘩別れ、カミさんはの浮気、子供は受験に失敗して荒れ放題、自分はリストラというズンドコ主人公、37歳。いやーこちらも痛い。ウチは今のところ幸いにしてそんなことにはなってやしないけど、一家の主たる自分の行動ひとつでどうなるかわかりゃしない。ホンの僅かな不運や行き違い、或いはミスによってどうなるかわかったもんじゃないよなぁ、とやはり自分の身に置き換えて考えてしまうのです。そういう意味でドキドキハラハラさせられた本でした。

 同世代の父親となっている人々に、是非オススメしたい本です。

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November 15, 2006

夏のロケット

 高校時代、彼らはロケットを打ち上げる事に青春を捧げていた。小さなペンシルロケットからその活動は始まった。
 火星へ行きたい。それは夢だった。

 そして、
 一人は宇宙開発事業団の研究者となり、
 一人は一流商社で宇宙事業本部に配属され、
 一人は大手特殊金属メーカーで材料工学の研究者となり、
 一人はミリオンセラーを生むロックミュージシャンとなり、
 そして"ぼく"は新聞社で科学部宇宙担当者となった。

 社会人になった彼らは、本物のロケットを打ち上げるために伊豆諸島の小さな島に集結する。マーズ18号と名付けられたロケットはおよそ7m。宇宙までの弾道飛行を可能とするものだ。
 これの打ち上げは、将来、低高度の人工衛星産業に殴り込みをかける大いなるデモンストレーションだった。それは自分たちの手で有人火星旅行を実現のものにするための大事なステップで、そのために彼らは法を犯すことすら厭わなかった…。

 もう10年近くも前に出版されていた本。2,3年前に文庫本を買っていたのだが暫く本棚のコヤシとなり、漸く読んだ。面白かった。
 主人公高野の、"ぼく"の視点で物語は進むのだが、彼の気持ちはやや複雑であったのではないか、と思う。
 マーズ18号計画は、高野抜きの4人で始動している。高野はある事件を契機に高校時代の仲間を思い出し、調査を進めて4人に合流する形になった。声をかけてもらっていなかったという事実と、そこにある疎外感。しかし仲間は彼を受け入れ、彼もマーズ18号計画では重要な役回りを演じることになるのだが、それでも、彼が居なくてもロケットを打ち上げる事ができたのは間違いない。
 ロケットの設計者、作成者、計画の推進者、そして出資者。高野以外の4人は必須条件者であり、彼らが居ればプロジェクトは回ったと思われるし、だからこそ4人は最初は高野に声をかけていなかった。高野の寂しさは、最初にこそ描かれていたが、表現上はすぐに消えてしまっていた。それよりも、打ち上げまでの時間が濃密であり、それを思う暇もない、という感じではあるのだが。

 物語の終盤、こんなシーンがあった。
 ひょうたん島と名付けられた伊豆諸島の小さな島で組上げられたロケット、マーズ18号。彼らはその機体に、クギかハリガネで自分の名前をこっそり刻み込んでいた。高野は4人の名前を見て、自分の名前をその横に刻み込む。そのときの心境は満足げに描かれていたのだが、本当にそうだったろうか。やっぱり自分が置いていかれたような、そして皆に追いつき安心したかのような、そんな気は無かったろうか。

 マーズ18号にまつわる物語は一応終わったが、彼らの物語はまだ終わっていない。来るべき火星への道は始まったばかりだ。高野は自分の役どころを自覚しながら次のステップを意識していた。その時点で、漸く高野が本当にロケッティアの仲間入りをしたような、そんな気がした。

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September 03, 2006

よく飛ぶ飛行機集

 よく飛ぶ飛行機集、という本を知ったのは何歳の事だったろうか。小学生の頃だったと思う。親父が買って来てくれたのだった。
 ケント紙に印刷された紙飛行機の型枠。これを切り抜き、何枚も張り合わせ、グライダーの形を整え、空へ飛ばした時の感動は今でも忘れ難い。

 高く、遠く、紙で出来た飛行機が入道雲へ吸い込まれるような錯覚を感じた事。
 丁寧に作り上げたほど、より性能が高くなる事を実感し、友達と日が暮れるまで飛ばしあいをした事。

 それは、確かに今に繋がる時間軸の彼方にあった出来事だった。
 あの時見た景色をまた、子供に見せたいと思い、本を探した。今は、新選紙飛行機集として、販売されていた。

 遼太郎、2歳半。もう少し、早いかな。

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March 16, 2006

操縦不能

 物語は北朝鮮外交官の亡命騒ぎに始まる。彼が日本に訪れるまでも、乗り込まれた飛行機がミグに襲われかかったり、スホーイに追っかけられたりと緊迫感がある。自衛隊のF-15がなんと頼もしく思えることか。
 北朝鮮外交官を乗せた飛行機はなんとか日本に着陸する。ところがその後、アメリカに彼を輸送する際に事件は起きるのだった。
 飛行中のボーイング747。ニッポンインター002便。成田発、ワシントン行。その機内で異常事態が発生する。
 機長が倒れ、副操縦士が操縦桿を握った。ところが彼の目の前で高度計、速度計などの計器が狂い始める。操縦不能かと思われたその時、訓練センターのシミューレーターに乗り込んだ人物からパイロットへコールがあった。シミュレーターを同じ設定にして、002便を誘導するというのだ。
 その人物は女性だった。過去にパイロットになることを挫折させられた人間だった。その人が今、上空を飛ぶ300余名の命を預かる事になったのだ…。

 地上からのサポートで空を行く便(シップ)を助ける。という発想はアポロ13に通じるかもしれない。現場(シップ)を地上で再現して、なんとかして助けよう、というところにそう感じる要素がある。アポロ13でも、足りなくなる酸素を作るために船内にある物品を使用して何とかしようということで、地上側で考えて指示を出す、ということがあった。
 そういった、事故を起こしている現場をリモート側でサポートするという発想は「スペースキャンプ」しかり、宇宙モノが多いかもしれない。そういう話は結構感情移入しやすい。「がんばれっ」と事故が起きている現場は勿論、それを支援する側に対しても「がんばれっ」といつの間にか応援している。そしてその協調、支援体制に美しさを感じるのだ。

 も。こういうハナシ大好き。大いに友人知人、この文章を読んでいる方々にお薦めするものであります。読め(<お薦めと言えばお薦めのコトバ(^_^;))。

 物語に、南糀谷にあるシミュレーター施設が登場する。正面ゲートを通過する主人公などが描かれている。まぁ架空の地名なんだろうが、個人的にはちょっと懐かしくリンクするところがある。
 東糀谷にある某航空会社のシステムを担当していた頃、その敷地内には飛行機のシミュレーター施設が存在していた。関係した訳ではないので、さすがにシミュレーターそのものを見た事は無いが、隣の棟にある電算センターで凍えながら作業していた事を思い出す(過去担当した施設の中では最も寒い電算室だった)。本を読み進む内に、主人公が出入りした(かもしれない)建物やゲートなどの状景が思い浮かんでいく。それもまた面白く感じた。周囲に何も無く不便な場所であった。出入りしていたパイロットやアテンダントの訓練生の顔を思い出したりした。

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February 18, 2006

殉死

 司馬遼太郎の短編。乃木希典の物語。乃木が明治帝に殉じるまでの歴史がとうとうと物語られている。

 司馬遼太郎は、乃木があまり好きではないらしい。軍神と言われたかの男を無能と断じている。無能とは軍事的無能の事を言うのであって、彼個人の才能がその他の領域に全く無い、魅力の無い男とは書いてはいない。この点描き方がやや微妙ではある。
 殉死に描かれている乃木も、坂の上の雲に描かれている乃木も、戦争に対する才能など皆無であるかのように描かれていた。彼の軍事的無能が二0三高地で一体どれほどの人間を死に至らしめたか。また、大本営を含め他の意見を全く聞こうとしない頑迷さが更にどれほどの人間を死に追いやり、時間を浪費したか。
 対照的に、児玉源太郎の状況打破は爽快に描かれている。彼が数日、指示を与えただけで旅順は落ちることとなった。更に大きいのは、児玉は既に大丈夫と見て旅順陥落の際には北方の戦線に立ち去っていた。戦争という事柄に対して、児玉は乃木とは対照的な天才として描かれていた。
 これは別に、脚色ではないのだろう。史実であれば、当然そのように描くしかない。ただ、見方によっては乃木を保護する書き方も出来ようものだが司馬はそう描いていない。司馬遼太郎は、戦車に乗っていた人だ。上官の指示に従い、死ねと言われれば死ぬしかなかった時代を生きている。無能な将軍が、部下を無為に殺す行為を現代の我々が知識で知っている以上に否定したかったのかもしれない。
 乃木は日露戦争で多くの人間を死に追いやった結果、栄達した。周囲がそれを妬んだのかどうかは、わからない。司馬遼太郎はその点をあまり悪く描いていない。乃木自身、それを喜んだとはしていない。乃木は過去の軍事上の失敗をいつまでも悔い、自己を栄華とは縁の無いところまで律し、国と明治帝に身を捧げた。その乃木の身上こそがいわゆる「軍神」たる所以であったろう。しかしそれは戦争に勝てない精神的軍神であり、その後の日本を象徴している様に思えてしまった。

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January 30, 2006

増え続ける未読本

 通勤時間帯に本を読む。家ではほとんど読まない。それ以前に、家では読む時間がほとんど取れない。
 結果的に文庫本や単行本を読むことが多く、少し大きめの本を読むことは少ない。ハードカバーの本やA5版の単行本などはどんどん読むのが遅くなっていく。読みたい本はどんどん増え、そういう本を見つけてはとりあえず確保して(買って)しまい、積み重なっていく。
 現在、読み待ちに入っている未読本は60冊くらいある。そのうち漫画はヒトケタで、ほとんどが小説。ハードカバーの本も数冊混じっている。
 既読本も読み返したくなったりする。そうなるといよいよ未読本がどんどん溜まっていく。早く読みたいが、もともと読むペースがそんなに速くない上、ナナメ読みをするつもりも無い。
 最近、買いたくてもやや我慢気味にしているが、それでもどんどん未読本は増えていく。今後、未読本の冊数を減らして行きたいが、買うペースはあまり変わりそうも無い。

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November 12, 2005

鮎師

 小田原、早川。50cmとも60cmともつかない、幻の巨大な鮎を追う男達の物語。鮎にとりつかれたのか、男達が鮎にとりついたのか、もはやわからないほど彼らはその鮎にのめりこんでいった。
 鮎は年魚。1年間しか生きられない。30cmを超えるものは珍しい。それ以上大きく育つには、1年を超える生を得なければ成長し得ない筈だった…。

 もともと'92年に講談社文庫として出版されていた作品。これが文春文庫で出版され直されたようですね。で、私は両方持ってます(アホ)。講談社版が読み待ちストックに収められていたのをすっかり忘れ、本屋で新刊として出ている文春文庫版を購入。自宅に帰って気がつきました。こういうことってありますよね!?老化現象とか言うな。

 鮎はやってみたい釣りですが、どうもこう、手が出せないでいます。まず費用がかかるということ。安く済ませようと思えばそれなりに、ってのは可能でしょうが…シマノのカタログとか見てると、竿1本で30万円とか平気で書いてるもんな~…。
 更に川の入漁料を払うという行為に違和感を感じる、というのもあります。ルールとして頭では理解出来る。漁業組合が魚を放流しているというのもわかる。けど、どこか納得が出来ないでいます。これはまぁ、今まで身近じゃないってだけの話だとは思うけど。
 そして友釣りという釣法を今まで学ぶ機会がなかったというのもある。ちんちん釣りは夢枕獏の得意の釣法の様で、彼の他の本にも出てきますけれども。
 そんなこんなだけど、それでもいつかは必ず釣ってみたい魚です。

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November 10, 2005

亡国のイージス

 ええやっと読みましたとも。こんな以前に書かれた本とは思いませんでしたよ。
 面白いは面白い。けど、終戦のローレライの方が面白かった。ローレライ先に読む人もあまり居ないかもしれないけどね。
 前半の導入部、やや間延び感あり。でも面白ければ許されるってことで。
 横須賀在住の身としては、目の前を護衛艦が行き交う風景は日常なもので、そういった意味でも結構面白い。しかしまぁ、機雷除去のために東京湾を一切通行止めってのはできないだろうに。物語上としても、ここは無理がありすぎる。言えない事実を言えば別だろうけど。
 現政権、例えば小泉政権が東京湾の交通を一切止めたら、なんて想像できる?機雷除去程度の話で。それだけで与党内からも批判続出。無理な説明に誰も納得できず、規制は事実上無理。強制したら最後、大きな責任問題として辞任に…なんて。
 ちなみにTプラスが東京湾の真ん中で爆発したら、ウチは燃えそう。小泉ん家も燃えそう…。

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November 08, 2005

終戦のローレライ

 漸く読みました。
 謎の美少女あり、浪花節あり、海戦あり、友情あり、恋愛あり。大艦隊に対し単艦で挑む心意気と戦果。詰め込むものは詰め込んでみました、という感じ。各要素がほどよくばら撒かれていて、いや面白かった。これほど"読み終えたのが残念"って作品はそうそう無いと思う。映画はまだ観てないけど。
 まぁ、過去の色んな作品が混ざっていると言うか、ややそういう感じはある。沈黙のヤマト的な要素は盛りだくさん。その他ツッコミどころも結構あったりしますが、あくまでも"物語"ってことで。パウラがサトリである、ということに対しては深く掘り下げていませんでしたが、日常生活上はいろいろ問題ありだよなぁ。面白いモン勝ちですね。

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October 10, 2005

沈まぬ太陽 3 御巣鷹山篇

 3巻しか読んでません(^_^;)。
 御巣鷹山の出来事を小説として描いた作品。吉岡忍の「墜落の夏 日航123便事故全記録」の方が、より詳細な記録の様な気がしますが、それはまぁ、見据えた角度も違うし。

 主人公は日本航空国民航空側の人間だが、物語は残された遺族が主軸となっている。残された遺族の悲しさ、虚しさがこれでもか、これでもかと描かれており、国民航空の"補償"のイヤらしさも、これまたひたすら執拗に描かれている。それほどの出来事だった。
 自分だっていつ、被害者になるか。いや、加害者の側にすら、いつのまにか回ってしまうかもしれない。残された人は、生きていく戦いの中にある。それが嫌な人は、世間を捨ててしまうしかないのかもしれない。
 ゾっとするその悲惨さ。読むべき一冊です。

 山崎豊子がこの話を週刊新潮に連載した当時、日本航空は同社の広告を一切打ち切ったんだそうな。ケツのアナの小さい話…。

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October 03, 2005

日本史の舞台裏

 結構前から出版されていた様ですが、先日コンビニで見かけ購入。楽しまさせて頂きました。
 歴史小説なんかにも微妙に出てこない話。でも、現実を伴ったリアルな、それでいて素朴な疑問。そんな疑問の答えが満載です。

 例えば、近藤勇の給料ってどのくらいだったんだろう?なんて話も出てきたりします。
 海援隊士より遙かに高級取りなのはシャクだけど、まぁ納得できるかな。会津藩お抱えの憲兵隊に対し、片や海援隊は所詮浪人結社でしかないもんね。海援隊が儲かるのは今から!って時に坂本龍馬社長は殺されちゃったしねぇ…。ただ、幕府直参(もしくは会津藩)の人々から見れば、得体の知れない連中によくまぁあそこまで金を出すものだ、と納得いかない人々もいたんだろうとも思ったり。

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September 30, 2005

故郷忘じがたく候

 「あなた方が三十六年をいうなら、私は三百七十年をいわねばならない」。
 韓国の若い学生は、三十六年間の日韓併合時代を誰もが語る。それはいいが、言いすぎはどうであろう。言い過ぎは既に後ろむきである。新しい国家は前進しなければならないのに、この心情は韓国にとって如何なものか。と沈氏は語った。彼は遙か三百七十年前、秀吉の朝鮮の役の際に薩摩藩によって日本に拉致された数十人の朝鮮人の子孫であった。望郷の念は世代を越え続くのだ。

 韓国人の執念を感じずにはいられない。しかし、日本人はあくまで加害者側である事には違いない。日本人が同じ事をされたとき、いつまで恨み続けるだろうか。

 この本には「故郷忘じがたく候」「惨殺」「湖桃に酒」の三作が掲載されている。個人的に一番面白かったのは、細川ガラシャの生涯を描く「湖桃に酒」。細川ガラシャという人物は、美人であったがゆえに不幸な人生だった。美人薄命って言うもんなぁ(薄命はもともと美人妻を持った夫の方の話らしいけど)。ガラシャの人生を知るには短編でかつ非常に面白い作品です。

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September 14, 2005

司馬遼太郎が考えたこと 2巻

 司馬遼太郎は、中村玉緒のファンだったらしい。玉緒ちゃんである。
 うーん、新鮮な驚きだ。まぁ、司馬遼太郎に中村玉緒ってのは新鮮じゃないけど(失敬)。
 その理由は、お辞儀の仕方が美しかったから、だそうだ。変わっている。が、作家なんてそんなもんなのかもしれない。

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August 20, 2005

雨鱒の川

 本屋でフとこの本を見たとき、タイトル名はどこかで聞いたような気がした。だが思い出せぬまま購入。釣りの本かと思いましたよ(アホ)。
 読んでいるうちに釣りとは全然関係ない純愛物語であることがわかった。そしてその内容はいかにも昔ながらの純愛物語。そして実際に田舎ではよくあった景色ではなかったかと思う。
 主人公、小学校2年生の心平を取り巻く環境は厳しい。母ヒデは28歳と若いが、6年前に父に先立たれている。心平の周囲にいる信じられる友達といえば、いつも川釣りをしている秀二郎爺っちゃと、蔵元の娘小百合しかいない。後は、敵ばかりだ。心平にとって、心強い味方は存在しない。そして、その母にも先立たれる…。

 純粋な主人公というのは、見ていてイライラさせられる事がある。要領が悪く、生活感が無い。そのくせ主人公は自分の道の中では必ず真ん中を歩いていく。心平にとっては雨鱒と絵と、小百合が生活の全てであり、それ以外は何の興味も無い。それだけではダメなのだが、心平はそれ以外から逃げている、と言えなくも無い。
 周囲の人々もまた、悪者では決して無い。しかし心平の純粋が過ぎるために、現実を見る人々からはやや迷惑な存在であったりする。
 小百合の父、高倉志郎から見ても、恋のライバル英蔵から見ても、心平は心もとない青年であり、小百合との関係は早々に終わらせたいものであった。英蔵にとって心平はどこまで行っても邪魔者でしかない。ただ、心平を中心に描かれるこの物語、登場する人々は嫌な人に見えたり心平にとって邪魔者であったりするが、心平は勿論、誰もが純粋に自分の行動に信念と希望を持って行動しているに過ぎない。
 英蔵の最後の行動は、小百合の幸せという自分の最終的信念のもとに実行された。英蔵のその"あきらめ"は彼自身予想していたのではないか。人生をかけて手に入れようともがいていたその"幸せ"は、ついに手に入らない。それが予想できたからこそ、心平をいじめていたのではないかと思える。心平、小百合、英蔵の三人は色々なものを失ったが、各々の信念は貫き通したと言えるのではないか。
 人間、生きていく上で自分に素直であったり、自分に嘘をついたりしていく。できるだけ前者を選びたいけれど、それはイバラの道であることよのう…(なんだかなぁ(^_^;))。

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August 16, 2005

グイン・サーガ 101巻

 なんだ。グインってまだルードの森を抜けてなかったのね。シツコイなぁ。
 まぁでもついに、イシュトバーンとの決定的な決別の日がやってきた感じ。スカールとの出会いで何かイベントが発生するするなんて言いながら引きのばしっぽく何もおきなかったりと、相変わらずまったりとストーリーは進みます。
 グインの行動もこれまた相変わらずチグハグですが、まぁがんばってくらはい。

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August 11, 2005

フラグメント

 手に負えない高校生たちが、地震でとあるマンションの地下駐車場に閉じ込められる。敵対関係の男女6人と教師。「コロスぞ!」という脅し文句が現実となっていく…。

 作者(?)の教師に対する不信感をヒシヒシと感じる物語。目の前の現実を見ずコトナカレ主義で、学校内のいじめや不穏な空気を感じながらも感じないフリをする教師。空気を読めないフリをする教師。誰からも信頼されていない事を自覚している教師。
 そんな教師である塩澤はコトナカレのためにコトを起す。閉じ込められた空間の中、主人公、相良はバカにしていた塩澤が実はバカでない事に気づき…。

 イジメをするにしろされるにしろ、何らかの形で見たり経験したりした事の無い人はいないだろう(見たこと無い人は、何も見えない人だが幸せな人でもある)。ただ、それを見ないフリをする教師ほど信頼できない人種はいないと思える。
 そんな先生ばかりじゃないと思うんだけどなぁ。

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August 05, 2005

もう一度、逢いたい

 「スコーク77」という言葉が過去どの程度発せられたか、私には知りようがない。有名な一事例を知っているのみだ。「もう一度、逢いたい」はいくつかの短編が収録されているが、その中の「セイント・フライヤー」の中で「スコーク77」が語られたときにはその一事例を連想させられた。

 忘れられない日。8月12日。155便パイロットの八神は、レーダーが真っ白になった状態でこの音声を耳にする。伊豆上空の事だ。東京コントロールは出ない。
 原因はジャミング装置が暴走したF-14が民間航空機航路に紛れ込んできた事にあったが、八神には知りようも無い。しかも周囲の巨大な積乱雲に視界を奪われ、文字通り五里霧中の状況下、乗客を満載したボーイング747とF-14は急速にその距離を縮めつつあった。
 その時、155便のパイロットの八神の耳に、「スコーク77」の言葉が飛び込んできた。
 「やまいくぞ」
 操縦不能の機体を操る男達の姿が、八神の目にありありと見えてきた…。

 シチュエーションは、かなり惹きこまれる状況ではあるが、どこかで見たことがあるようなシチュエーションでもある。例えば「天空の城ラピュタ」での、竜の巣に飛びこんだパズーが見た父の姿にも似ている。手におえない嵐の中、自らを導くセイント・フライヤーと交錯するという状況は、ややモトネタを連想してしまう感がある。面白いけどね。

 他の作品を含め、"あと一歩"感が結構あったりします。微妙です。

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July 12, 2005

魯山人味道

 出るわ出るわ、「美味しんぼ」のモトネタだらけ。湯豆腐しかり、お茶漬けしかり。それはまぁ、横に置いといて、魯山人のハナシ。
 昭和ヒトケタの時代、ここまで食い物にイチャモンこだわりを見せるというのは、よほどのガンコ親父であろう。世間から誹謗された局面もあったのではないか。
 この人の美食や陶芸の経歴は、まぁ今更私がここで書くまでも無いことだろう。しかし偉人なのかどうなのか、甚だ疑問が残る。この人の書く文章とその内容にはその強烈な性格が滲み出ており、正直気分悪い。書いていることに一理あるのだろうが、それを認めたくなくなるような文体である。
 だが、それを素直に読み取り、内容をよく吟味した者には至福の味覚が得られるのであろう。それは、頭では理解できる。一歩引いて読む本かもしれない。
 北大路魯山人。こんなタイプの人が家族にいたり、職場にいたらタイヘンだと思う。

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June 24, 2005

王城の護衛者

 久々の司馬遼太郎。この本読んでませんでした。
 松平容保って誰だったっけな~と思いながら読み始めたらアアソウカ、京都守護職のオッサンでした。京都守護職と言えば新撰組の大親分。新撰組と言えば会津藩御預。松平容保は会津藩主であり、龍馬とは完全に敵対関係の人ですな。
 幕末、徳川家にひたすら忠実であるが故に、損な役回りを負った人物です。薩摩藩に裏切られたのは、まぁ西郷って政治家ね、なんて感覚もあるのですが、守護対象そのものと言っていい徳川慶喜に裏切られたのはかなり悲惨です。
 鳥羽・伏見の戦いで勝利する新政府軍。徳川慶喜は容保に「これを大阪で迎え撃て」と命じておきながら、裏では容保を伴い軍艦で江戸へ逃走。長期決戦のつもりでついていった容保だったが、慶喜は江戸で新政府に恭順し、しかも容保に江戸退去命令を出す。会津へ戻った容保は新政府に恭順の意を示したが、新政府軍は会津を掃討した。
 新撰組のオヤブンという事が痛かったのかねぇ。しかしそれを後悔したかどうかはわからない。容保は自分の正義の中で戦い、敗れたに過ぎないのかもしれない。守護対象であった徳川慶喜こそが、彼の正義においては敵そのものであった。呪いの対象ですらあったらしい。そりゃそうだろうなぁ。
 容保の京都守護職就任を推した松平春嶽もいつのまにか新政府側についているし、容保は周りに見捨てられていた感がある。或いは自身によほど政治感覚が皆無なのか、はたまた運が無かったのか。全部かも。

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June 23, 2005

グイン・サーガ 100巻

 さて100巻。結局終わらなかったグインサーガ。どんどんどこまでもイっちゃって下さい。
 グインも相変わらずうだうだとしてましたが、漸くルードの森を出ましたね。森を出るまでに何冊かかってるんだか…。

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June 09, 2005

海洋奇譚集

 正直、もう少し不思議な話を期待していたかな。
 海洋奇譚。洋上でおきる不思議な話。海には陸の上では推し量る事のできない、不思議な現象がある…という話をたまに耳にすることがある。常識では考えられない話。説明のつかない話…などを期待していた。
 だが、この本に記載されているものはそのほとんどが遭難話である。
 遭難者が、どんな偶然で生き残ったか。という感じのエピソードがいくつか語られている。確かに遭難者にしてみれば、命からがら生き残った事であり、それが洋上の偶然の出来事であったり、予想だにできない苦難を乗り越えての話であれば、「奇譚」と言いたいかもしれない。しかし読み進むと、奇譚というよりは単なる記録物であるような気がしてくる。それは漂流記と言うのにふさわしいのではないか…。
 ただ、面白い話も2つほどあった。
 遭難した2つの船が、洋上でバッタリ出会う話。船が破損し、操船不可能な状態に陥った人々と、乗組員が病気でバタバタと倒れてしまい、操船不可能になった船との、洋上での偶然の出会いの話である。二艘の船は海流の関係上、出会うはずがなかったそうであるが、なぜか互いを補う形で命拾いしている。
 また、水葬にした乗組員がいつまでも追ってくる、という話もあった。この2編などは奇譚というにふさわしく、面白かったかな。

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May 28, 2005

ジャンボ旅客機99の謎

 「ひこうきのひみつ」というひみつシリーズがあったかどうか覚えていないが、そんな感じの本かもしれない。漫画じゃないけど。
 ジャンボ旅客機ってどうやって飛んでいるの?というベタな内容から、ジャンボというネーミングの話やらシート間隔の話まで、多種多様な"ひみつ"が載っている。作者が整備士ということもあって、経験則的な観点からも語られており親しみやすい。
 私が"へぇ~"と思ったのは空調の話。乾燥しやすいのは飛行機(ジェット機)ならではの秘密があったとは知らなんだ。
 大人が読むのもいいかもしれないが、中学生や高校生が読むのにいい本かもしれない。

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May 21, 2005

天空への回廊

 エベレスト頂上直下、8000mより高い場所に落下したアメリカの軍事衛星。この軍事衛星をめぐる謀略に巻き込まれる登山家たちの物語。
 色々な場所で戦いが繰り広げられます。ネパールの首都カトマンドゥ、エベレストベースキャンプ、そしてエベレスト頂上直下。登るだけでも死にそうな世界なのに、そこで戦うなんて激しいです。いや、人間イザ殺し合いが始まったらエベレスト頂上でだって出来るんだろうけど、その場で登山家に勝てるとは思わないよなぁ。
 全般を通して飽かせず、面白い作品ではあります。しかしちょっと無理があるんじゃないかなぁと思ったりするところも。主人公の登山家、真木郷志ってすごすぎないか。7、8000mの高所に5日以上も滞在し、上に下に行き交い、テロリストと戦い、世界を救う。夢枕獏「神々の頂」の羽生丈二よりもスゴイ。エベレストに対する羽生の徹底した準備と挑戦を見ていると、真木の行動は容易過ぎるような気もしなくはない。ま、南西壁を登った訳ではないけれど。
 山関係の物語が好きな人にはお薦めです。

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April 22, 2005

夜光曲 (薬師寺涼子の怪奇事件簿)

 うーん、イマイチ。スタートのヤマガラシは良かったんだけど、どうもこう、いつもの不思議感とか、爽快感が無かったかな。謎解きにしろ、戦闘シーンにしろ、主人公、薬師寺涼子の活躍度も大したことがなかった。
 ひょっとしたらちゃんと読めてないだけかもしれないけど、強力な回復力を持つヤマガラシが海に落ちただけで海に溶けて無くなるって解釈が理解できなかった。塩っけもあるだろうが水もあるだろうしねぇ…。ナメクジのようなものであって別にナメクジそのものじゃないんだろうし。それから無数の殺人蛍を地下から地上に出してしまった事にも釈然としなかった。主人公に過度の期待をするのは読者の勝手なのかもしれないけど、この二点は要するに敵から逃げただけで後は放置したとしか思えない展開。海の中に廃棄物13号を放つようなマネしておいて、「東京はこれで守られた」ってアホかっ。
 今までの薬師寺涼子の性格からして、蛍はまだしもヤマガラシの処理はありえないような気がするなぁ。田中芳樹は途中で書く気無くしたのかな…。

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April 19, 2005

ろじっくぱらだいす

 ろじぱら本、ずいぶんゆっくり読みました。まぁ面白いけど半分くらいのネタは既に読んだ事がある訳で。それでも写真撮影のネタはもちろんですが、初期のネタは読んだ事が無く、ワタナベ氏の成長っぷりを感じる事ができました。「継続は力なり」ですなぁ。
 ただし、個人的には編集がよくないと思う。というのは、今回は「恥」がテーマの編集となっているのですが、この編集形態はどうかと。真面目な話や、知性的なヒネリを加えた話などが織り交ざってこその「ろじぱら」だと思うんですよね。正直、同じ方向性ばかりのものを集めただけだと、後半少しあきてしまったかな。後半の方はネタを知っていたというのもあるけれど。1年単位か2年単位かはともかく、時間で区切った方が、いろんな色が交じり合うろじぱら本来の味が出たのではないかと。
 また、えっちトークですが、ネットの方がリアリティを感じるなぁ。「リアリティ」って別にネット上だろうが本に掲載されたものであろうが、それが本当の事かどうかなんていずれにしても確認のしようがないけれど。それでもネットに掲載されたものの方が真実味を感じた。それは媒体の効果なのか、それとも別の何かの理由なのかな。
 全然関係ないけど、@booksの写真にオビを入れて欲しかった(笑)。

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April 07, 2005

戦艦大和の最後

 ちょうど今から60年前の今日のこと。戦艦大和が沈んだ。昭和20年4月7日14時22分の事で、3000名以上の人々が艦と共に海に消えてしまった。
 先日、この「戦艦大和の最後」を本屋で何気なく見つけ、表紙の爆撃を受ける大和の写真を見て興味を持ち、購入した。並みいる数十冊の未読本を何気なくすっ飛ばして読み始め、読み終わったのが昨日の事。本の中で偶然、沈んだ日が近い事を知った(宇宙戦艦ヤマトその他で目にしていたはずだけど)。ひょっとしたら本の発売をこれに合わせたのかもしれないけど、まぁ偶然だなぁ、と思ったわけで。
 物語は、大和乗組員であった作者の体験記として綴られている。作者は右舷側五番高角砲塔に配属されていたそうだ。マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦を経て沖縄特攻にも参加している。当然、大和が沈む際も現場に居た。九死に一生を得た時の事も描かれている。
 また、沖縄特攻時(沈没直前)の大和の航空写真がいくつか掲載されており、戦闘中の五番高角砲塔も確認できる。そこに作者が居たのだ、と考えると戦慄を覚える。
 3332名もの乗組員のうちの一人の視点であり、それも全体が見渡せるような視点ではないので、戦闘中の状況が客観的な視点としては見えない。しかし、砲塔内での戦争はとても身近に感じる。一市民(村民)が、一兵士となり、戦争に参加するということはどういうことなのか、現場はどうだったのかがありありと描かれている。

 私の祖父は、母方は母が子供の頃に既に亡く、父方は私が4歳の時に亡くなった。"おじいちゃん"というものに、あまり触れていない。そしていわゆる"戦争"の話も、テレビや学校で見聞きするものしかなかった。この本は、祖父が戦争という昔話を語っている様に感じた。

 改めて、大和乗組員はじめ、戦没者の方々の霊に追悼の意と、敬意を表したいと思います。

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March 31, 2005

司馬遼太郎が考えたこと 1巻

 司馬遼太郎のエッセイ集。全15巻にも及ぶらしいが、とりあえず1巻を読んだ。以前に出ていた本の文庫本化で、今回初めて読んだ。先が長いので楽しみも長続きするというものだ。
 本自体は厚いが一遍の長さが短いので、文章嫌いの人でも読みやすいと思う。とは言え、ファンでなければなかなか手に取らないものかもしれない。見方を変えれば、司馬のブログのようなものかもしれないというのは言いすぎか。
 戦車に乗った頃のエピソードや、新聞記者時代、直木賞受賞の頃のエピソードなどが入っているが、この中で興味深い一遍があった。「魚ぎらい」というもの。

 「私はうまれついての魚嫌いで、料理屋で出される純日本式の料理などはまったく手がつかないし、タイの焼死体などをみると、もうそれだけで胸がわるくなるのである。」

などと書かれている。更に他遍だが、

 「牛やブタ肉とは異なり、皿の上の魚の死ガイは、生前そのもののカタチをとどめている。その死ガイをハシで毀損し、皮をはぎ、骨を露出させてゆく作業を、もし私の隣席の女性がやっているとしたら、彼女が美人であればあるほど、ぶきみな夜叉にみえてくる。」

とも書かれており、とにかく魚を嫌悪したようだ。私とは真逆ですな。
 死骸を毀損するのである。言われてみればその通りだが、肉料理であろうが、野菜料理であろうが、死骸を毀損しているには違いない。サラダに至っては「生きたままその身を砕き、それをなんと飲み込まんとするのである」とでも表現してやろうか(笑)。好き嫌いは珍しくないが、ここまで魚を嫌悪する人も稀なのではないかと思ったり。
 やはり歴史を考察する時の筆は滑らかで、読むほうも引き込まれてしまう。そして司馬遼太郎の長編歴史小説新作はもうありえないと、改めて残念に思ってしまった。この先14巻をゆっくり堪能していきたい。

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March 10, 2005

BATTLE ROYALE II 外伝

 読むな。そんなこと書いちゃイカンな。読むのは無駄かもよ…ってのはどうだ(^_^;)。この本1冊読む間に、途中何冊の本を読んだかわからない。鞄に入れたまま、新しいマンガを先に読むこと十数冊。
 バトルロワイアル(以下BR)は大変面白かった。色んな評価の方向があったけど、物語としては本当に面白かった。個人的には★7つくらい(笑)。ところが、BR2は大した事なかった。なんかこう、やはり「2モノ」って感じがした。