書籍・雑誌

December 28, 2009

坂の上の雲

 NHKのドラマ、坂の上の雲を見ている。
 面白い。時が経つのを忘れて見ている。物語が面白いのは当たり前(笑)として、役者の演技がとても良い。素晴らしい作品になっている。NHKの本気を感じた。受信料は払いたくないが、この作品には金を払っても良い。

 昨日、物語は第一部が終わった。第二部は来年の12月であるという。
 なんともまぁ気の長い話だが、まぁもともとわかっていた話であるため、来年末が楽しみである。

 ところが、昨日の放送で、イラつくところがあった。ニュース速報が入ったのだ。
 フィギュアスケートの女子三選手が、オリンピックに選ばれたニュースであった。

 そんな大事なニュースでしたっけ?

 好きな人にとっては意味のあるニュースではあるでしょうが、NHKがこれほど気合入れたドラマに入れてくるなんてなぁ。そんな程度か、と思ってしまった。地震が起きたとか、ヒコーキが落ちたとか、首相が辞任したとか、そんなんだったら仕方がないけど。

 この先、第一部は何度も再放送されるに違いない(早速30日にあるようだが)。見直そうと思う。録ったのは見ないだろう。

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January 20, 2009

臓器農場

 帚木蓬生著。

 おどろおどろしいタイトルと、表紙の絵。
 ホラーっぽい感じを期待して読んだのですが、要はサスペンスでした。

 無脳症児を産ませ、彼らをドナーとし、移植手術することで利益を得ようとする病院の闇。これを暴こうとする主人公、という構図。

 無脳症児をはじめて知ったのは、ブラックジャックだったなー。
 死産になると言われた赤ん坊。心霊手術で赤ん坊を取り出すが実は無脳症児だった。その子に人間としてどんな人生が待っていると言うのか。死産として処理をすることが、慈悲なのだ、といった話でした。

 この臓器農場では、その無脳症児を作り出し、臓器提供者として育て、やがて移植される運命を持つ、というもの。
 移植医師は言う。無脳症児は脳を持たないため、人間ではない。従って困る者は誰もいない。他の重病の子供の命を助けるために…と説明された親は救われた気持ちになる、と。

 金のために無脳症児を作り出す、という狂気。その外道っぷりに対して、最後はちょっとあっけない感がなくもない。

 物語の舞台は九州のとある場所のような書き方になっていますが、これ明らかに北九州。ケーブルカーのある山といえば皿倉山。山頂の公園から見下ろせば、”湾”(洞海湾)があって”赤い橋”(若戸大橋)があって、関門が見えて。子供の頃何度登ったことか。
 あまつさえ、病院の形状が面白い。双眼鏡みたいな形、とのこと。北九州の人ならピンとくる形状。かのキャッツアイも忍びこみし、北九州市立美術館がモデルですな。場所は山の中腹にあるわけではないけれど。

 今度実家に帰ったら、皿倉登ろうかなー。

 ケーブルカーで。

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April 25, 2007

夜のピクニック

52  解説に直木賞がどうこうまで盛り上げて書いていたが、正直、これそんなに名作なんだろうか。

 導入当初から「これは大事な思い出作りなんだ」と言葉に出しすぎている。肝心要の「何で大事な思い出になるのか」「歩行際はどういう意味を持つのか」という歩行際の物語そのものについてはアッサリ描きすぎていて、キャラクターに感情移入も出来ない。読んでいてものすごく他人事なのである。
 言ってみれば、キャラクター達と一緒に歩いている気がしない。苦しくもない。「新幹線で走っている車窓から、キャラクター達が歩いているのが見えた」というぐらい遠い距離感であった。
 一人のキャラクターをもっとじっくり追い、心情や事象を追いかけて欲しかった。一度に大勢のキャラクターを出しすぎ、従って話が深くならなかったような感じだった。

 悩み事が話せる、なんてのは温泉旅館で徹夜で飲んでも同じことである。悩み事の内容と解決も、ふーん、という感じであった。距離感のせいだろうか。この大事なイベントの最中でなければならない本当の必然性があったのだろうか。

 雰囲気はよく伝わってくる。だが、それだけだ。これは作者の思い出話(+α)に過ぎないのではないか。感想文を読んでいるような気分に近いかもしれない。
 夜、若者が苦労しながらひたひたと歩きながら、悩み事を解決する。映画(映像)にするにはいい題材だったのではないか、と思う。

 うーん、ファンの人すまん。ネバーランドが面白かっただけに、また本屋大賞を受賞した作品だけに期待感が大きかったのねん。

 読み手の感性がおかしいという批判はもちろんごもっとも…なんだけど…。

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April 24, 2007

ちなみに

 ちなみに、ではあるが。
 5年分のアフタヌーンと、ガンダムエース(創刊号以降)が収納(所謂クローゼット)を占拠中である。
 遠からず…捨てなければならないが…なんかこう、悩ましいのである。

 アフタヌーンもいつのまにか溜まってしまった。あと5年分の場所を確保して10年分溜めれる!と思い一人喜んだが、何か間違っていることに気付く。
 価値があるような、宝物のような気がしているのは自分だけなのである。場所も食うのである。読み返すことがあるかどうかもわからない。

 答えは出ているはずなのだった。

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March 26, 2007

年齢2倍

 恩田陸のネバーランドを読んで、思い出すことがあった。

 4人の主人公のうち、小柄で元気な統という人物がいる。
 統は、おちゃらけたムードメーカーだが、芯があり、将来を既に見据えている。
 雪が降れば子犬のように走り出て雪合戦をし、友達がこぐチャリンコの荷台に立ち上がって乗り、笑いながらバンザイをするような男である。

 彼を見ていると、高校時代の友達を思い出す。その友達は山崎というヤツだった。クラス替えの無い高校二、三年の男子クラス、二年弱を共に過ごした。
 彼はクラスのムードメーカーだった。例えば体育の授業でバスケットの時、ゴールを入れるとサイドライン外に座る20人ほどのクラスメイトが差し出す手を「いえーい」と言いながらばしばしと叩いて行くようなヤツだった(その間に攻め込まれている)。

 おちゃらけて笑いの中心にいた山崎。彼は高校三年の時、卒業を待たず、事故で亡くなった。葬式は平日にあったため行かなかった。特に仲の良かった数名が授業を抜け出していた。校長や学年主任が出席する葬式に、彼らも出たそうだ。それを知り、なぜ自分は行かなかったのかと、そのときは思った。が、まぁその程度の付き合いでしかなかったのかもしれない。でも、忘れることはない。

 今、彼のちょうど2倍の年齢に達した。一人、オジサンに進んでいく気分である。いや、同級生皆がそうなのだが…。

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March 25, 2007

恩田陸 「ネバーランド」

42  学生寮にはあまり縁が無かった。まして高校ともなれば、寮があるような学校は珍しい方だと思う。大学時代も自宅通いだったがたまに学生寮に潜り込んだりしていた。一夜二夜でも楽しいと思わせる寮だった。
 社会人になって、寮生活が始まった。嫌なこともあったが、独身時代を通して一番楽しい時期であったのではないかと振り返ることができる。遠い過去になってしまったが。

 物語は、名門高校の伝統的な寮で展開される。
 冬休みの始まり。寮の中がガランとしてしまうが、美国、寛司、光浩の3人は、各々の家庭の事情で居残ることになった。そこに寮生ではないものの、自宅に一人暮らしの統が参加し、四人での年末年始が開始された。
 彼らはクリスマスの夜、酒を飲みながらカードゲームに興じはじめた。負けた者は「告白」をすることになった。

 自分の母親は俺が殺したのかもしれない…。
 彼女を振った理由は、昔、若い女に誘拐された経験があるからだ…。
 妾腹の自分は、親父の正妻に飼われている…。

 これは読ませる本だった。一気に読んだ。久しぶりにペースが早かったなー。
 名門高校の伝統寮。ゆうれいなんかも出てきて、「ここはグリーンウッド」に触発されたんじゃないかしら、などと思いながら読んでいた。

 出てくる寮生(主人公達)はたった4人。えりすぐりの4人だ。彼らはいろいろ腹に抱えながらも、元気に暮らしている。いい友達も持っている。そして考えながら生き、考えながら他人に接している。私が高校生の時は、この10倍は子供だった。これは物語だからこそのキャラクターなんだろうか。それとも、私や私の周りが子供っぽかっただけなんだろうか。子供っぽい表現が散りばめられていながらも、彼らは大学生か社会人の様に大人びている。それは彼らが発する言葉に無駄がないからかもしれない。

 この本を読んでいると、いろんな事を思い出す。いろんな事を思い出しながら読む本です…。

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January 26, 2007

流星ワゴン

1  事故を起こして死んでしまった親子。彼らは幽霊(?)になり走り続けている。
 そんなワゴンに、死んでもいいと思っている主人公と、ガンで死にかかっているその親父が乗り込むことになった。彼らは後悔する自分の人生の分岐点を振り返る事になる…。

 いえ、もう重たい話でした。
 かたや、子供を乗せての事故、そして息子を死なせてしまった親(自分も死んでますが)。いやー痛い。わが身に起これば…と想像するに、もう体に何かか突き刺さる感じ。
 こなた、地方(実家)に居る親父とは喧嘩別れ、カミさんはの浮気、子供は受験に失敗して荒れ放題、自分はリストラというズンドコ主人公、37歳。いやーこちらも痛い。ウチは今のところ幸いにしてそんなことにはなってやしないけど、一家の主たる自分の行動ひとつでどうなるかわかりゃしない。ホンの僅かな不運や行き違い、或いはミスによってどうなるかわかったもんじゃないよなぁ、とやはり自分の身に置き換えて考えてしまうのです。そういう意味でドキドキハラハラさせられた本でした。

 同世代の父親となっている人々に、是非オススメしたい本です。

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November 15, 2006

夏のロケット

 高校時代、彼らはロケットを打ち上げる事に青春を捧げていた。小さなペンシルロケットからその活動は始まった。
 火星へ行きたい。それは夢だった。

 そして、
 一人は宇宙開発事業団の研究者となり、
 一人は一流商社で宇宙事業本部に配属され、
 一人は大手特殊金属メーカーで材料工学の研究者となり、
 一人はミリオンセラーを生むロックミュージシャンとなり、
 そして"ぼく"は新聞社で科学部宇宙担当者となった。

 社会人になった彼らは、本物のロケットを打ち上げるために伊豆諸島の小さな島に集結する。マーズ18号と名付けられたロケットはおよそ7m。宇宙までの弾道飛行を可能とするものだ。
 これの打ち上げは、将来、低高度の人工衛星産業に殴り込みをかける大いなるデモンストレーションだった。それは自分たちの手で有人火星旅行を実現のものにするための大事なステップで、そのために彼らは法を犯すことすら厭わなかった…。

 もう10年近くも前に出版されていた本。2,3年前に文庫本を買っていたのだが暫く本棚のコヤシとなり、漸く読んだ。面白かった。
 主人公高野の、"ぼく"の視点で物語は進むのだが、彼の気持ちはやや複雑であったのではないか、と思う。
 マーズ18号計画は、高野抜きの4人で始動している。高野はある事件を契機に高校時代の仲間を思い出し、調査を進めて4人に合流する形になった。声をかけてもらっていなかったという事実と、そこにある疎外感。しかし仲間は彼を受け入れ、彼もマーズ18号計画では重要な役回りを演じることになるのだが、それでも、彼が居なくてもロケットを打ち上げる事ができたのは間違いない。
 ロケットの設計者、作成者、計画の推進者、そして出資者。高野以外の4人は必須条件者であり、彼らが居ればプロジェクトは回ったと思われるし、だからこそ4人は最初は高野に声をかけていなかった。高野の寂しさは、最初にこそ描かれていたが、表現上はすぐに消えてしまっていた。それよりも、打ち上げまでの時間が濃密であり、それを思う暇もない、という感じではあるのだが。

 物語の終盤、こんなシーンがあった。
 ひょうたん島と名付けられた伊豆諸島の小さな島で組上げられたロケット、マーズ18号。彼らはその機体に、クギかハリガネで自分の名前をこっそり刻み込んでいた。高野は4人の名前を見て、自分の名前をその横に刻み込む。そのときの心境は満足げに描かれていたのだが、本当にそうだったろうか。やっぱり自分が置いていかれたような、そして皆に追いつき安心したかのような、そんな気は無かったろうか。

 マーズ18号にまつわる物語は一応終わったが、彼らの物語はまだ終わっていない。来るべき火星への道は始まったばかりだ。高野は自分の役どころを自覚しながら次のステップを意識していた。その時点で、漸く高野が本当にロケッティアの仲間入りをしたような、そんな気がした。

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September 03, 2006

よく飛ぶ飛行機集

 よく飛ぶ飛行機集、という本を知ったのは何歳の事だったろうか。小学生の頃だったと思う。親父が買って来てくれたのだった。
 ケント紙に印刷された紙飛行機の型枠。これを切り抜き、何枚も張り合わせ、グライダーの形を整え、空へ飛ばした時の感動は今でも忘れ難い。

 高く、遠く、紙で出来た飛行機が入道雲へ吸い込まれるような錯覚を感じた事。
 丁寧に作り上げたほど、より性能が高くなる事を実感し、友達と日が暮れるまで飛ばしあいをした事。

 それは、確かに今に繋がる時間軸の彼方にあった出来事だった。
 あの時見た景色をまた、子供に見せたいと思い、本を探した。今は、新選紙飛行機集として、販売されていた。

 遼太郎、2歳半。もう少し、早いかな。

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March 16, 2006

操縦不能

 物語は北朝鮮外交官の亡命騒ぎに始まる。彼が日本に訪れるまでも、乗り込まれた飛行機がミグに襲われかかったり、スホーイに追っかけられたりと緊迫感がある。自衛隊のF-15がなんと頼もしく思えることか。
 北朝鮮外交官を乗せた飛行機はなんとか日本に着陸する。ところがその後、アメリカに彼を輸送する際に事件は起きるのだった。
 飛行中のボーイング747。ニッポンインター002便。成田発、ワシントン行。その機内で異常事態が発生する。
 機長が倒れ、副操縦士が操縦桿を握った。ところが彼の目の前で高度計、速度計などの計器が狂い始める。操縦不能かと思われたその時、訓練センターのシミューレーターに乗り込んだ人物からパイロットへコールがあった。シミュレーターを同じ設定にして、002便を誘導するというのだ。
 その人物は女性だった。過去にパイロットになることを挫折させられた人間だった。その人が今、上空を飛ぶ300余名の命を預かる事になったのだ…。

 地上からのサポートで空を行く便(シップ)を助ける。という発想はアポロ13に通じるかもしれない。現場(シップ)を地上で再現して、なんとかして助けよう、というところにそう感じる要素がある。アポロ13でも、足りなくなる酸素を作るために船内にある物品を使用して何とかしようということで、地上側で考えて指示を出す、ということがあった。
 そういった、事故を起こしている現場をリモート側でサポートするという発想は「スペースキャンプ」しかり、宇宙モノが多いかもしれない。そういう話は結構感情移入しやすい。「がんばれっ」と事故が起きている現場は勿論、それを支援する側に対しても「がんばれっ」といつの間にか応援している。そしてその協調、支援体制に美しさを感じるのだ。

 も。こういうハナシ大好き。大いに友人知人、この文章を読んでいる方々にお薦めするものであります。読め(<お薦めと言えばお薦めのコトバ(^_^;))。

 物語に、南糀谷にあるシミュレーター施設が登場する。正面ゲートを通過する主人公などが描かれている。まぁ架空の地名なんだろうが、個人的にはちょっと懐かしくリンクするところがある。
 東糀谷にある某航空会社のシステムを担当していた頃、その敷地内には飛行機のシミュレーター施設が存在していた。関係した訳ではないので、さすがにシミュレーターそのものを見た事は無いが、隣の棟にある電算センターで凍えながら作業していた事を思い出す(過去担当した施設の中では最も寒い電算室だった)。本を読み進む内に、主人公が出入りした(かもしれない)建物やゲートなどの状景が思い浮かんでいく。それもまた面白く感じた。周囲に何も無く不便な場所であった。出入りしていたパイロットやアテンダントの訓練生の顔を思い出したりした。

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